里山の恵みを巡らせる知恵:排泄物を資源に変える暮らしの工夫
暮らしの中で育まれた里山の循環
里山では、古くから自然の恵みを余すことなく活用し、地域内で資源が循環する持続可能な暮らしが営まれてきました。山から木を伐り、畑で米や野菜を作り、家畜を飼う。そうして生まれたものは、燃料や食料として暮らしを支え、使い終わったものは再び自然に還され、次の恵みを生み出す糧とされてきました。
このような循環の中で、意外に見過ごされがちなものに「排泄物」があります。人間の排泄物や家畜の糞は、現代では廃棄物として扱われることが多いですが、里山では貴重な資源、すなわち「恵みを巡らせるための大切な要素」として捉えられていたのです。
捨てるものから活かすものへ:排泄物活用の知恵
里山における排泄物活用の知恵は、主に肥料としての利用を中心に発展しました。農耕が中心の暮らしでは、土壌の力を維持・向上させることが非常に重要であり、排泄物はまさにそのための天然の肥料として欠かせないものでした。
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人糞(下肥、金肥)の活用: 人間の排泄物は「下肥(しもごえ)」や「金肥(かねごえ)」と呼ばれ、特に大切な肥料として扱われました。そのまま畑に撒くのではなく、桶や甕に貯蔵し、水で薄めたり、他の有機物(草、灰など)と混ぜたりしながら発酵させて使いました。これを「溜め肥(ためごえ)」と呼びます。発酵させることで、病原菌を減らし、植物が吸収しやすい形に変化させ、肥効を高める工夫がされていました。利用する時期や作物に合わせて、発酵期間や希釈率を調整するなど、細やかな技術が伝えられています。
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家畜糞の活用: 牛や馬、鶏などの家畜を飼っている地域では、その糞が重要な肥料となりました。特に牛糞は量が多く、藁や落ち葉と混ぜて時間をかけて堆肥化(たいひか)することが一般的でした。堆肥は、土壌の団粒構造(だんりゅうこうぞう:土の粒子が塊を作り、水はけと水もち、空気の通りが良くなる状態)を改善し、土壌微生物の働きを活発にする効果があり、作物が健康に育つための豊かな土壌を作りました。
これらの排泄物由来の肥料は、化学肥料が登場する以前の農法において、土の力を維持・回復させるための基盤となっていたのです。排泄物を畑に戻すことは、作物が土から得た養分を再び土に返すという、自然な循環の一部でした。
知恵の背景にある思想と価値
排泄物活用の知恵の背景には、「無駄にしない」「自然の恵みに感謝し、それを土に返す」「地域の中で資源を巡らせる」という、里山に根ざした深い思想があります。自分たちの排泄物でさえも、視点を変えれば貴重な資源であり、それを活用することで土壌を肥やし、より豊かな収穫を得る。これは、まさに「資源を活かす」という考え方の極致と言えるかもしれません。
また、この知恵は単なる技術だけでなく、衛生管理や匂いの対策、そして排泄物を扱うことへの抵抗感を乗り越えるための共同体内の意識共有といった文化的な側面も持ち合わせていました。
現代への示唆と今後の可能性
里山に伝わる排泄物活用の知恵は、現代社会が直面するいくつかの課題に対して貴重な示唆を与えてくれます。
- 資源循環と持続可能性: 現代の大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会モデルに対し、里山の知恵は地域内での資源循環の重要性を改めて教えてくれます。排泄物を含む有機物を「廃棄物」ではなく「資源」として捉え直すことは、持続可能な社会を築く上で不可欠な視点です。
- 土壌の健康と食の安全: 化学肥料への依存から脱却し、有機物による土壌づくりを見直す動きの中で、伝統的な排泄物活用の知恵は有効な方法論を提供します。健康な土壌から育つ作物は、食の安全にもつながります。
- 地域資源の再認識: 排泄物という、普段意識されない身近なものが地域にとって重要な資源となり得ることを知ることは、地域に存在するあらゆるものの価値を見直すきっかけになります。
もちろん、現代の都市化や衛生意識の高まりの中で、伝統的な方法をそのまま実践することは難しい場合もあります。しかし、この知恵の本質である「循環させる」「活かす」という考え方は、現代の技術(例えば、高度な堆肥化技術やバイオガス生成など)と組み合わせることで、新しい形で里山や地域社会に貢献できる可能性があります。
結びに
里山に伝わる排泄物活用の知恵は、私たちがどのように自然と関わり、暮らしを営むべきかについて、多くを語りかけてくれます。一見敬遠されがちなものの中にも価値を見出し、それを循環させることで、地域全体の恵みを豊かにする。この先人の工夫に学び、現代、そして未来へ活かしていくことが、豊かな里山、そして豊かな暮らしを守り育むために大切なことだと考えられます。